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最も軽い素材、最も重い修練

竹細工の名人が編んだ籠を手に取ると、最初に気づくのはその軽さだ。これほど精緻な構造を持ちながら、風に飛ばされそうなほど重さがない。その矛盾は決して解消されない。なぜなら、その「信じがたい軽さ」こそが到達点だからだ。職人は何十年もかけて「加える」のではなく「削る」技術を磨く。竹を割り、剥ぎ、撓(しな)らせ、最後に残るのは「空(くう)」の建築物だけ──。

(たけざいく)。東アジア最古の工芸のひとつであり、多くの地域では陶芸よりも歴史が古い。しかし今、最も危機に瀕した工芸のひとつでもある。かつて数千人の竹職人を擁した大分県では、現在その数は百人に満たない。最年少の担い手でさえ、五十代を過ぎていることも珍しくない。

待ってくれない素材

竹は木ではない。この区別は、あらゆる入門の第一歩として決定的に重要だ。木は忍耐強い。伐採して何年も寝かせることができる。だが竹はイネ科の「草」であり、地球上で最も速く成長する植物だ。時間との関係がまるで違う。

伐る時季を誤れば割れ、乾燥が早すぎれば裂け、放置すれば虫に食われる。収穫の窓は狭い。晩秋から初冬──樹液が引き、茎が硬化しつつもまだ脆くなっていない、ほんの数週間だ。

日本の竹工芸で最も重用されるのは(まだけ)。本州南部から九州にかけて自生するこの竹を、別府の職人たちはワインのテロワールのように語る。土壌、標高、竹林の向き、隣の竹との間隔──すべてが最終的な素材の柔軟性、色味、割裂特性を左右する。

竹と木──なぜ違いが重要なのか
  • 成長速度:真竹は春のピーク時に一日120cmも伸びる。およそ60日で最大高に達する。
  • 伐採適齢:職人が好むのは3〜5年生の竹。柔軟性を保ちつつ、構造的強度が十分な年齢だ。
  • 割りの工程:鉈(なた)で繊維に沿って割り、銑(せん)で薄く削ぐ。一本の竹から100本以上のひごが取れることもある。

内側を「見る」刃

一本のひごが編まれるよりも遥か前に、竹は「分解」されなければならない。この工程──(たけわり)──は弟子入りの最初の関門であり、多くの者にとっては最後の関門でもある。丸い竹を四つに割り、さらに半分に、さらにまた半分に。外皮、内側の髄、節のそれぞれに異なる処理が必要だ。経験は近道ではない。唯一の道だ。

割りの次に来るのが。編み込みに使う細い竹ひもの作成だ。幅は1ミリに満たないこともある。厚さはその半分以下になることもある。一本でも寸法が揃っていなければ、完成した籠は歪み、膨らみ、形を失う。別府では、弟子がひご作りだけに最低3年を費やしてから、ようやく編みの工程に入ることが許される。

「籠は割りで決まる」と、大分県の三代目竹細工師・岩尾祥司氏は言う。「編みの席に着いた時には、その作品が生きるか死ぬかはもう決まっているんです」。

格子の中の八つの宇宙

別府竹細工の公式分類体系では、八つの基本的な編み方が認定されている。(やつあみ)と総称されるこの体系は、それぞれが独立した構造力学の宇宙だ。

別府竹細工の八つの基本編み
  • 四つ目編み(よつめあみ)── 正方形の開放的な格子。すべての基礎。
  • 六つ目編み(むつめあみ)── 六角形の編み。驚異的な引張強度。
  • 網代編み(あじろあみ)── 綾織り(ヘリンボーン)。緻密で水を通さない。
  • ござ目編み(ござめあみ)── 畳のような平織り。
  • 松葉編み(まつばあみ)── 松葉模様。装飾的だが強靭。
  • 菊底編み(きくぞこあみ)── 菊の花のような放射状の底編み。丸器の起点。
  • 輪弧編み(りんこあみ)── 弧を描く曲線の幾何学。
  • 八つ目編み(やつめあみ)── 八角形の透かし編み。軽やかで風を通す。

この八種を組み合わせ、重ね、変形させることで、数百もの派生パターンが生まれる。最も熟達した職人は、他の誰にも真似できない独自の編みを開発する──後継者がいなければ、その技は職人とともに消える。

別府──王座を失いつつある都

九州東岸に位置する別府は、日本における竹工芸の首都だ。火山性温泉と亜熱帯の湿潤な気候が、真竹の栽培に最適な条件を与えてきた。1979年に国の伝統的工芸品に指定され、笊(ざる)、蒸し器、魚籠といった実用品の需要と、彫刻的な花籠が高値で取引される美術市場の双方によって支えられてきた。

しかし、指定は救済ではない。1938年に設立された大分県竹工芸訓練センターは、国内に残る数少ない専門の弟子育成機関のひとつだ。2年間の課程に毎年受け入れるのはわずか数名。卒業しても生業として成り立つ保証はなく、多くの卒業生が10年以内に竹とは無関係の職に就く。

この悲劇は単なる経済の問題ではない。「認知」の問題だ。竹職人の手に宿る知──特定の丘陵から採った特定の種の竹を、特定の角度で割った時にどう振る舞うかという筋肉の記憶──は、マニュアルやYouTubeのチュートリアルでは伝達できない。身体知(embodied knowledge)である。後継者なき職人が逝く時、触覚的知性の図書館が丸ごと地上から消滅する。

籠から美術館へ──居心地の悪い昇格

2017年、ニューヨークのメトロポリタン美術館で「Japanese Bamboo Art: The Abbey Collection」展が開催された。竹工芸を明確に「美術」として提示した画期的な展覧会だった。飯塚琅玕斎(いいづか ろうかんさい)、本田聖流(ほんだ せいりゅう)らの作品が、絵画や彫刻と並んでギャラリーの照明に照らされた。

国際的なアート市場は反応した。オークション価格は上昇し、ロンドン、パリ、ニューヨークのギャラリーが存命の竹作家と契約を結び始めた。だが大分の竹林では、その反応はもう少し複雑だった。多くの伝統的な職人にとって、竹は常に「用」のものだった。米を研ぐ笊。干し柿を並べる籠。炭を漉すざる。手に触れてはならない純粋な彫刻としての竹──という概念は、日常の「用」に根ざした伝統とは容易に折り合わない。

「竹が美術になった時、竹でなくなるのではないか」──2022年、ある別府の編み手が地元紙にそう語った。

駿河──もうひとつの伝統

全国的な物語を支配するのは別府だが、(するが たけせんすじざいく)──静岡市の竹工芸──はまったく異なるアプローチを体現している。別府が「平たいひご」を編むのに対し、駿河は「丸い棒」を挿す。ピアノ線のように細い円筒形の竹棒を、木製の枠に空けた穴に一本ずつ差し込み、虫籠、行灯、花入、風鈴といった精巧極まる造形物を生み出す。

その起源は江戸初期、大坂の旅の職人が駿府城下に竹棒の製法を伝えたことにあるとされる。明治期には輸出産業として栄え、駿河の虫籠や鳥籠はヨーロッパ各地で称賛された。しかし現在、専業の職人は十人に満たない。

別府と駿河の差異は、日本の工芸について深い真実を示している──同じ素材が、異なる手と異なる地理のもとで、まったく別の技術文明を生み出すということだ。

空気を編む

竹職人に「何を作っているのか」と尋ねると、返ってくる答えはたいてい「物」ではない。「籠の中の空間を作っている」──ある別府の名人がそう語った言葉は広く知られている。これは詩的な衒(てら)いではない。六つ目編みの六角形の網目では、光と風が自由に通り抜ける開口部──つまり「虚」の部分──が、竹ひご自体と同じくらい構造的に不可欠なのだ。空(くう)を取り除けば、形は崩壊する。

これは日本の美学概念(ま)──意味ある余白、孕んだ沈黙、周囲のすべてを活性化する「あいだ」──と深く共鳴する。竹籠を光にかざすと、「間」が目に見える形になる。在と不在、構造と空隙、素材と空気の関係についての瞑想だ。

おそらくそれが、竹細工が日本のあらゆる工芸の中で最も継承が困難に感じられる理由だろう。竹細工は単なる技能ではない。世界の見方そのものだ。一本のひごずつ、一つの呼吸ずつ、一人の職人の消失ずつ──。

竹細工を体験する
  • 別府市竹細工伝統産業会館(大分県別府市)── 展示と体験工房を併設。編みのワークショップあり。
  • 大分県立竹工芸訓練センター── 一般公開はないが、年に一度の成果展で訓練生・修了生の作品を鑑賞できる。
  • 駿河竹千筋細工協同組合(静岡市)── 小規模なショールームで丸棒技法のデモンストレーションを実施。
  • TAO Bamboo Art Gallery(東京)── 現代竹彫刻専門の数少ないギャラリーのひとつ。