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入ったことのない部屋の匂い

見るより先に、嗅ぐ。襖を引いて和室に足を踏み入れた瞬間、立ち上ってくるあの匂い——刈りたての野と古い書庫を足して割ったような、青く乾いた、ほのかに甘い呼気。それはの息だ。千年以上にわたって日本の部屋を敷き詰めてきた、あのしなやかな灯心草の。梵鐘よりも桜よりも、畳の匂いこそが日本でもっとも「親密な」香りかもしれない。

畳はロマンチックに語られやすい。旅館の写真、茶道のパンフレット、ミニマリストのデザインブログ。洗練された簡素さの象徴として。しかし、今なおそれを手で作る職人にとって、畳は象徴ではない。テクノロジーである。微小な生態系である。湿度を調整し、音を吸い、冷気を遮断し、正しく手入れすれば革のように年を経て味わいを増す——そんな「生きた表面」である。

そして、それは死にかけている。

5センチの中に何があるか

畳一枚の外観は拍子抜けするほどシンプルだ。約90×180センチ、厚さ約5センチの長方形。縁に(たたみべり)と呼ばれる布が巻かれている。だが内部は、重層的な世界だ。

伝統的な畳の三層構造
  • 畳表(たたみおもて):い草を織り上げた表面。夏に刈り取り、乾燥させ、色と太さで選別し、専用の織機で編む。一枚に約4,000〜7,000本のい草が必要。
  • 畳床(たたみどこ):芯材。伝統的には乾燥させた稲藁を何層にも重ね、縫い締めて圧縮した塊。手縫いの藁床は一枚あたり30〜40キロの藁を使う。力士が乗っても沈まない密度。
  • 畳縁(たたみべり):縁布。かつては身分によって文様が厳格に定められていた。貴族専用の紋様、寺院専用の紋様。今日では質素な木綿から華麗な金襴まで幅広い。

現代の量産畳は、藁床をポリスチレンフォームや木質チップボードに置き換えている。表面も合成樹脂の場合がある。軽く、安く、カビに強い。そして——本物を知る職人に言わせれば——魂が入っていない。

床を養う田んぼ

日本に残るい草栽培のほぼすべてが、九州・に集中している。1960年代には広島、岡山、福岡にもい草田が広がっていた。今日、国内生産の95パーセント以上を熊本が担い、それでも栽培農家は2000年代初頭の5,000戸超から400戸未満に激減した。

い草の栽培は容赦がない。冬に植え付け、水田で春を越し、6月末から7月初旬——梅雨明け前後のわずか2〜3週間で刈り取る。茎が最適な長さ(100〜130センチ)に達しつつ、まだ黄変していないその狭い窓を狙う。日中の高温で草が傷むのを避けるため、収穫は午前2時に始まることも珍しくない。刈り取った茎はと呼ばれる工程で、天然の泥を薄くまとわせながら窯で乾かす。この泥の被膜が、畳特有の色艶と防湿性を生む。

皮肉なことに、日本でもっとも「日本的」な素材を生む田は、それ自体が衰退しつつある稲作の水田に取って代わられている。消滅の上にまた消滅が重なっている。

畳師の手

畳を作る職人は(たたみし)あるいはと呼ばれる。かつては全国に数万人いた。今日、手縫いで畳を仕立てる専業の職人は数百人規模と推定され、平均年齢は60歳をゆうに超えている。

手縫いで一枚の畳を仕上げるのに、熟練の職人でも5〜6時間かかる。藁床だけでも、圧縮された何十層もの藁を反った長針で貫き、麻糸を等間隔に引き締めて均一な密度を作り出す。畳表の織りでは、い草の一本一本を色で選別し、取り除くべきものを取り除いて、一様に光る仕上がりを目指す。

機械なら40分足らずで同じサイズの畳を吐き出す。

違いは見た目だけではない、と職人たちは言う。手縫いの藁床は呼吸する。一枚あたり最大500ミリリットルもの水蒸気を吸放湿し、天然のエアコンとして機能する。夏、手作りの畳の上に寝ると、藁が体の汗を引き取ってくれる。冬、圧縮された藁層が空気を閉じ込め、地面から上がる冷気を遮る。畳は、文字通り「生きて」いる。

すべての空間の尺度

畳は床材であると同時に、何世紀にもわたって日本建築を支配してきた計測単位でもある。日本の部屋は今なお「畳」で語られる——四畳半、六畳、八畳。畳一枚の寸法が柱の間隔を決め、床の間の高さを決め、襖の比率を決めた。日本の部屋を建てるとは、本質的に畳を掛け算することだった。

畳の地域別サイズ
  • 京間(きょうま):95.5 × 191 cm。京都発祥のもっとも大きな規格。
  • 中京間(ちゅうきょうま):91 × 182 cm。名古屋を中心に中部地方で普及。
  • 江戸間(えどま):88 × 176 cm。東京の標準。やや小さい。
  • 団地間(だんちま):85 × 170 cm。戦後の公営団地向けに生まれた最小規格。

京都の貴族の広間から江戸の商家へ、さらに戦後のコンクリート団地へと移るにつれ畳が縮んでいった——その事実の中に、日本の空間の社会史がそのまま縮図として収まっている。長い、緩やかな圧縮の歴史。

畳の作法

畳には、ほとんどの日本人が無意識に吸収し、ほとんどの外国人が即座に破る規則がある。を踏んではならない——もともとは縁に家紋が織り込まれていたため踏むのは侮辱にあたったが、今日では理由を知らずとも本能的に避ける人が多い。重い家具を直接置いてはならない。何かを畳の上で引きずってはならない。茶室では、四隅が一点で交わらないように配置するが原則であり、四隅が交わる配置()は葬儀を連想させるため忌避される。

これらは迷信ではない。触覚と重量と湿度と時間に応答する床と、何百年も親密に暮らしてきた記憶の堆積だ。畳は人に「軽やかに動くこと」を教える。自分の足音に意識を向けさせる。畳は覚えている表面であり、覚えることによって人を律する。

畳の三つの生

よくできた畳は、傷んだら捨てるものではない。三段階の更新によって、寿命は何倍にも延びる。

畳の三度の生まれ変わり
  • 裏返し(うらがえし):3〜5年後、畳表を外して裏返し、未使用の面を表にする。芯はそのまま。
  • 表替え(おもてがえ):さらに5〜7年後、表面を新品のい草に張り替える。まだ健全な藁床はそのまま使い続ける。
  • 新調(しんちょう):15〜20年後(優れた藁床なら30年後)、ようやく一枚まるごと新調する。

修繕し、更新し、本当に使い切ってから初めて入れ替える——この循環は、日本の手仕事に通底する思想の静かな体現だ。畳は「消耗品」ではない。「関係」なのだ。

消えゆく部屋

1993年、新築住宅の約80パーセントに和室が設けられていた。2020年にはその数字が30パーセントを割り込んだ。東京の単身者向けマンションに至っては、和室の採用率はほぼゼロに近い。住宅カタログでは、畳は「オプション」の欄に並ぶ——温水洗浄便座やビルトイン除湿機と同じ扱いだ。

理由は実際的だ。畳はフローリングやクッションフロアにはない手間を要求する。シミが付く。洋家具の脚で凹む。手入れを怠ればダニの温床になる。初めてのマンションを買う若い夫婦は、ソファとベッドフレームとロボット掃除機に対応する床を選ぶ。布団を敷いて、床に座って、地面と近い高さで暮らす和室の作法は、多くの若者にとって「頼んだ覚えのない遺産」に映る。

にもかかわらず。秋の畳替えの時期に畳店のショールームへ足を運ぶと、意外なほど若い客が見本の畳に手のひらを滑らせ、身を屈めて匂いを嗅いでいる。あの匂いは論理を迂回する。説得しない。ただ、思い出させる。

床が覚えていること

熊本のある工房で、三代目の畳師・松永氏が今も出荷するすべての畳を手縫いしている。工房には乾いた藁と麻糸の匂い、そしてい草の粉がまとう泥のほのかな甘さが漂う。彼は床の上に正座し、反った長針を四十層の圧縮藁に突き通す。見た目は楽々と——実際にはまったくそうではないリズムで。手には古い傷痕が走り、指先は滑らかな硬さに鍛えられている。

「なんで機械を使わんのかって訊かれるけど」と、顔を上げずに言う。「電子レンジがあるのに鍋で飯を炊くのはなぜか、って訊き返しますね」

糸を引き締め、一拍の間。

「床はわかっとるんですよ、違いが。体もわかっとる——頭がわからんだけで」

的外れではない。北九州市立大学の研究では、手縫い藁床の畳と機械製フォーム芯の畳との間に、吸放湿性・熱伝導率・吸音性で有意な差があることが示されている。藁は呼吸する。フォームはしない。どちらの上で六時間眠るかによって、発汗反応も皮膚温度も——そしてある議論を呼んだ研究によれば睡眠の質も——変わる。

床は受動的ではない。「参加して」いるのだ。

これこそが、あらゆる表面が工学的に制御される時代にあって、畳のもっとも急進的な点かもしれない。畳は人に「参加し返すこと」を求める。裏返し、風を通し、緑から金へ、金から深い琥珀色へと変わる色に気づくこと。裸足で歩き、季節とともに変わる肌触りを感じること。自分は床の「上に」立っているのではなく、床と「ともに」暮らしているのだと理解すること。

和室は減り続けている。職人は齢を重ね、い草田は空いていく