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飛行機からしか見えない畑

離陸する飛行機の窓から日本の都市を見下ろしたことがあるだろうか。ビルとビルの間に、あるはずのない緑が見えることがある。苔ではない。管理会社が並べた観葉植物でもない。発泡スチロールの箱や木の枠に整然と植えられた、正真正銘の野菜だ。膝がとうに悲鳴を上げているはずの人々が、狭い階段を通って屋上まで運び上げた土の中で、それらは黙って育っている。

これが(おくじょうさいえん)である。日本の住宅街に点在する、許可されてもいなければ禁止されてもいない灰色の領域。退職した高齢者たちが、誰も使わないアパートの屋上を静かに占拠し、個人的な農地として耕している。最上階より一つ上、重い防火扉を押し開けてタールと砂利の屋上に出なければ、その存在に気づく者はいない。

初めてそれを目撃したのは、足立区にある築五十年のの屋上だった。エレベーターは4階止まり。5階は機械室。その先にある「」の看板がかかった鉄扉は、風化して建築の一部と化したレンガで開け放たれていた。扉の向こうに広がっていたのは——トマト、きゅうり、紫蘇、茄子、指ほどの太さの葱。廃材の板で区切られた整然たる畑。毎朝6時に上がってきて、暑さに追われるまでそこにいるという78歳の山本さんが、その番人だった。

五階の上の見えない農夫たち

山本さんの菜園は、特別なものではない。東京東部の下町、大阪のしたまち、神奈川や千葉の高齢化した団地群——日本各地の古い住宅地区で、屋上農業は何十年も静かに営まれてきた。流行ではない。ブルックリンの屋上ガーデンのような「アーバン・アグリカルチャー」でもない。Instagramのアカウントはない。建築賞もない。補助金もない。1960年代、70年代に田舎から都市へ移り住み、土との繋がりを失った退職者たちが、唯一の未使用の水平面——屋上——にその繋がりを再現しただけだ。

なぜ屋上なのか
  • 多くの団地は陸屋根(平屋根)で、貯水タンクとアンテナ以外の用途が指定されていない。
  • 地上のは都市部で3〜5年待ちが常態化している。
  • 屋上への立入は名目上禁止されているが、高齢化した管理組合による取り締まりはほぼ皆無。
  • 遮るものがない屋上の日当たりは、どのバルコニーや中庭よりも優れている。

社会的な力学は実に日本的だ。菜園を公式に認める者はいない。公式に咎める者もいない。——構成員自体が高齢者である——は暗黙のうちに見て見ぬふりをする。耕す側も暗黙のコードを守る。地上から見える構造物は作らない。水道は引かない(バケツで運ぶ)。朝7時前に音を立てない。隣人より広い面積を取らない。この営み全体が、誰かが制度化しようとした瞬間に崩壊する、目に見えない社会契約の上に成り立っている。

容器の考古学

屋上菜園で最も印象的なのは、野菜ではなく容器だ。一つひとつの区画が、廃材で綴られた自伝である。山本さんは2009年に閉店したの発泡スチロール魚箱を使っていた。隣の近藤さんは、平成不況で倒産した酒造のロゴが入った木製の酒箱でハーブを育てていた。別の菜園主は、台風で本体を失ったの引き出しを使っていた。見事な仕口で組まれ、反ることを拒むその引き出しは、かつて着物を収めたように、今は土を収めている。

戦後日本の物質史がこれらの容器の中でゆっくりと朽ちている。高度経済成長、バブル、崩壊、長いデフレ——捨てるに忍びなかったモノの地層として、すべてがここに可視化されている。はここでは抽象的な哲学ではない。構造そのものだ。

印刷されないカレンダーのリズム

屋上菜園で育てられるものは、伝統的な日本農業の季節論理に従いながらも、都市の屋上という過酷な環境——夏のコンクリートの輻射熱、冬の風、排水との終わりなき交渉——に適応している。春はと二十日大根。夏はトマト、きゅうり、紫蘇、そして廃棄カーテンレールと釣り糸で組んだ即席の棚に這わせたゴーヤが爆発的に繁る。秋は深いバケツで育てると、木製パレットの上に積んだ土袋のさつまいも。冬は静かだ。葱が数本、三つ葉が少し。だが多くの時間は修繕と計画に費やされ、ひっくり返した木箱に腰かけて空を眺める季節となる。

収穫量はわずかだ。この畑で家族を養える者はいない。それが目的ではないからだ。目的は行為そのもの——毎日の階段の上り下り、葉の点検、隣の菜園主との「今年はアブラムシがひどいね」という静かな会話。多くの人にとって、これが部屋を出る唯一の理由だ。屋上菜園は趣味ではない。生きている理由である。

孤独と土と、最後の一区画

日本のの問題は広く知られている。配偶者を失い、職場以外の人間関係を築けなかった高齢者——特に男性——が自室で亡くなり、数日、数週間、時には数ヶ月後に発見される。屋上菜園は、その静かな防波堤となっている。山本さんが7時までに姿を見せなければ、近藤さんが確認に行く。近藤さんのきゅうりが木曜までに水をやられていなければ、誰かがドアをノックする。過重負担と予算不足と順番待ちに苛まれる公的な高齢者福祉が提供できないものを、菜園が相互監視の仕組みとして提供しているのだ。

だが、菜園は消えつつある。耕していた人が亡くなるか施設に入ると、その区画は引き継がれない。土は乾き、容器は割れ、若い住民やリノベーション計画の圧力を受けた管理組合が、ずっとそこにあったが誰も守らなかった「立入禁止」の看板をついに実効化する。埼玉のある団地で、かつての区画の痕跡を七つ数えた。コンクリートに残る土の染み、棚を固定していたアンカーの穴、そしてコンクリートの亀裂から逃げ出した種子が何年も前に根を下ろし、まだ一株だけ野生に育っている紫蘇。

数字で見る現実
  • 2023年、日本の65歳以上人口は3,600万人を超え、総人口の約30%に達した。
  • 東京の市民農園の待機期間は平均3〜5年。7年を超える地域もある。
  • 2023年の孤独死は推計約6万8,000人。
  • 非公式の屋上菜園に関する政府統計は存在しない。制度上、それらは「見えない」のだ。

不在の中に育つもの

許可なく存続するものに対する美意識が、日本にはある。舗装の割れ目に咲く野花。神社の裏の猫の集落。屋上菜園はその系譜に連なる——頭上の空間は、耕し続ける限りあなたのものであり、何かを世話すること自体が、権利書より耐久性のある所有の形だという静かな主張。

もし日本の都市を歩くことがあれば、上を見てほしい。スカイラインでも看板でもない。古い、低い建物の屋上を見てほしい。5階建ての団地、昭和の歩行者用アパート、時間と経済が共謀して無視することにした建物たち。あるはずのない場所に緑の閃きが見えたなら、それはもう見つけたということだ——階下の街にとうに忘れ去られた誰かの、残されたすべての世界。地上五階、空の手前。

トマトだけが、まだ覚えている。