午後6時、誰も動かない

午後6時ちょうど。日本全国、何千というオフィスの蛍光灯の下で、終業を告げるチャイムが静かに鳴り響く。技術的には、労働契約上の一日はここで終わる。椅子の中で微かに身じろぎする者がいる。気づかれない程度に背伸びをする者がいる。だが、誰も立ち上がらない。誰も鞄に手を伸ばさない。フロアは静止したまま——集中して仕事に取り組んでいるタブローか、あるいはその巧みな再現か、見分けのつかない光景が続く。

これが(つきあいざんぎょう)である。「付き合い」とは社会的義務を意味する言葉だ。近所の葬儀に参列すること、気乗りしない飲み会に顔を出すこと——そういった「断れない関係性の力学」を含んだ語である。そこに「残業」が接続される。仕事が残っているから帰れないのではない。みんながまだいるから、帰れない。それだけのことだ。しかし、その「それだけのこと」が、日本の労働文化の根幹を静かに、そして確実に蝕んでいる。

見えない鎖の解剖学

付き合い残業を理解するには、まずそれが「何でないか」を知る必要がある。締切に追われる修羅場ではない。昇進のために実績を積み上げる野心的な残業でもない。それはもっと曖昧で、もっと大気的な——オフィスに漂う「天候」のようなものだ。参加を決意するのではない。ただ、退出に失敗するのである。

そのメカニズムは、ほとんど喜劇的なまでに間接的だ。「私が帰るまで残れ」と命じる上司はいない。そんな規則もメモも通達も存在しない。あるのは(くうき)だけだ。日本の社会行動を支配するあの遍在的な「空気」。午後6時を過ぎたオフィスの空気は、言語化されない期待で重く濁っている。若手社員がちらりと課長の方を見る——まだタイピングしている。中堅社員が部長を確認する——コートに手を伸ばす気配がない。一人ひとりがこのシグナルを読み取り、瞬時に、無意識に判断を下す。あの人がまだいるなら、自分もまだいるべきだ

暗黙の「退社カスケード」
  • 部長(ぶちょう): 最初に帰るべき存在。部長の退社が、下に連なる全員への「許可」となる。
  • 課長(かちょう): 部長の退社を待つ。その後、体裁のためにさらに15分ほど残る。
  • 係長(かかりちょう): 課長を待つ。わざとらしくキーボードを叩きながら「まとめ作業」を演出する。
  • 一般社員(いっぱんしゃいん): 上の全員を待つ。個人の目立ちを薄めるため、二人組で退社する。
  • 新入社員(しんにゅうしゃいん): 朝は最初に来て、夜は最後に帰る。これは誰にも教わらないが、誰もが知っている。

勤勉の劇場

では、付き合い残業の時間に人々は実際に何をしているのか。正直に言えば——大したことはしていない場合が多い。という言葉が、その実態を残酷なほど正確に描写している。すでに完成したスプレッドシートを開いて凝視する。一度読んだメールをもう一度読む。文書の余白幅をミリ単位で調整する。中には、熟練の職場演劇として、集中の姿勢を完璧に維持しながら、頭の中ではスーパーの買い物リストを組み立てている者もいる。

日本のオフィスで「忙しそうに見せる」技術には、独自の体系がある。ベテランはその作法を心得ている。ブラウザのタブを複数開いておくこと。画面を通路側からわずかに逸らすこと。何も打っていなくても、断続的にキーボードを叩くこと。目的は生産性ではない。(みせかけ)——外観である。結果と同じくらい努力が重視される文化において、努力のパフォーマンスそのものが一種の貢献になる。

これをシニシズムと切り捨てるのは早計だ。多くの社員は、ある程度本気で、自分の物理的な「居ること」が何かを提供していると信じている。連帯感。精神的な支え。チームが一つであるという証明。日本語の(いったいかん)という概念は深い。同僚がまだ残っているのに自分だけ先に帰ることは、多くの人にとって小さな裏切りに感じられる。懲戒処分にはならない。だが、それよりも厄介なもの——社会的な違反なのだ。

戦後の奇跡から、現代の倦怠へ

付き合い残業の根は、戦後日本の経済復興期にまで遡る。1950年代から60年代、長時間労働はパフォーマンスではなく、文字通りの生存行為だった。企業と従業員の間には真正な契約——いや「盟約」と呼ぶべきもの——が存在していた。企業は(しゅうしんこよう)を保障し、従業員はすべてを捧げた。時間も、体力も、アイデンティティも。会社はすなわち家族であり、共同体であり、存在理由そのものだった。遅くまで働くことは犠牲ではなかった。集団的奇跡への「参加」だったのだ。

問題は、盟約が崩壊したにもかかわらず、習慣だけが残ったことにある。終身雇用は1990年代以降、着実に侵食されてきた。賃金は数十年にわたって停滞した。「人生を差し出す代わりに安定を得る」という壮大な取引は、もはや成立していない。にもかかわらず、行動の残滓だけが——論理ではなく慣性と社会規範の引力によって——存続し続けている。2024年の若手社員は、祖父と同じ理由で遅くまで残っている。祖父が受け取っていた見返りが、もはや存在しないにもかかわらず。

空虚な時間の代償

その結果は抽象的な話では済まない。日本の労働生産性——労働時間あたりGDPで測定——は、G7諸国の中で一貫して最低水準にある。2023年の日本生産性本部の報告によれば、アメリカの約60%の水準に留まる。この皮肉は痛烈だ。規律と効率で世界に名を馳せた国が、この指標においては驚くほど非効率なのである。原因は怠惰ではない。その逆——過剰な「在席」が生み出す収穫逓減だ。

そして、人的コスト。(かろうし)という言葉が世界の語彙に入ったのは、他の言語にその概念が必要なかったからだ。過労死はスペクトルの極端な端を表すが、付き合い残業はそれを可能にする生態系を養っている。遅くまで残ることが「普通」になると——背景放射線のように不可視になると——「やりすぎ」の閾値は際限なく上がり続ける。周囲が20時30分に帰るオフィスで、21時まで残る社員は「極端」には見えない。

数字で見る現実
  • 2023年の日本の労働者の年間平均労働時間は1,607時間(OECD統計)。1980年代の2,100時間超から減少しているが、記録されない(無給残業)が膨大に含まれていない。
  • 連合(日本最大の労働組合連合体)の2022年調査では、回答者の40%以上が前月に無給残業を行ったと回答。
  • 2019年施行の「働き方改革関連法」は残業を原則月45時間に制限したが、「特別な事情」では月100時間までの例外が認められている。

定時退社という静かな反乱

変化は訪れている。ただし、それはいかにも日本的な漸進主義で進行する。(ていじたいしゃ)——定められた時刻に退勤すること——という言葉は、かつての「怠け者の婉曲表現」から、少なくとも一部の業界では「ささやかな美徳」へとその意味合いを変えつつある。ITスタートアップ、外資系企業、そして一握りの先進的な日本企業が、時間通りの退社を「不忠」ではなく「効率」として扱い始めている。

劇場的な対策を講じる企業もある。20時や22時にオフィスの照明を自動消灯し、物理的な退出を強制する会社。終業後に徐々に音量の上がる音楽を流す会社——バーのラストオーダー照明の企業版だ。ある大手商社では、管理職が18時30分にフロアを歩き回り、大声でと宣言するという取り組みが話題になった。上司が発するこの儀礼的な退社の言葉は、下の全員に対する暗黙の許可となる。

COVID-19のパンデミックは、より根本的な変容を加速させた。リモートワークである。オフィスがZoomのグリッドに溶解したとき、付き合い残業はその舞台を失った。自宅のリビングで「パフォーマンスとしての居残り」はできない——いや、やろうと思えばできるが、観客がいなくなったのだ。多くの労働者、とりわけ若い世代にとって、これは啓示だった。仕事は特定の時刻に、きれいに、終わりうるのだ。そして空は落ちてこなかった。

世代間の断層線

日本の最も若い労働者たち——いわゆるや、1980年代後半から90年代生まれの——は、しばしば上の世代から「献身が足りない」と非難される。この非難を企業日本語から翻訳すると、意味はシンプルだ。彼らは定時で帰る

しかし、これを「世代的な怠惰」と断じるのは本質を見誤っている。若い世代は、親の世代が決してできなかった——あるいは決して敢えてしなかった——費用対効果の分析を遂行しただけだ。終身雇用が保障されず、賃金が横ばいのまま、かつての盟約が透明に破綻している状況下で、個人の時間を企業的連帯のために犠牲にするインセンティブは蒸発した。彼らは怠惰なのではない。合理的なのだ

世代間の緊張は、毎晩、日本中のオフィスで小さなドラマとして上演されている。25歳の社員が立ち上がり、18時15分に「お先に失礼します」と言って歩き去る。その背中を、50歳の課長が見つめている。その眼差しには、感嘆と裏切られた感覚が入り混じっている。どちらも間違っていない。ただ、異なる契約に基づいて動いているだけだ。一方は戦後の忠誠という言語で書かれた契約。もう一方は、不安定な現在の文法で書かれた契約。

「お先に失礼します」——一つの文化を内包するフレーズ

このフレーズそのものについて考えてみてほしい。。直訳すれば、「あなたより先に帰るという無礼を働きます」。「さようなら」ではない。「また明日」でもない。謝罪である。自分の退出がある意味で残る人々への迷惑になるという、先回りの自認。退勤という行為の文法そのものに、罪悪感が埋め込まれている。

仕事を終えることに正式な謝罪を必要とする言語は、他にない。このたった一つのフレーズ——日本全国で年間何億回と発せられるこの言葉——は、付き合い残業を生み出した価値観の化石記録であり、同時に、その価値観がゆっくりと溶解しつつある証左でもある。いつの日か、日本の労働者がもっと簡素な言葉を口にするようになったとき——肩越しに投げるカジュアルな「おつかれさまです」、あるいは何も言わないこと——文化は、いかなる政府の政策も設計しえなかった形で変わっているだろう。

それまでは、蛍光灯が低く唸り続ける。時計は19時47分を指している。課長はまだデスクにいて、何時間も前に終わった書類を見直している。そしてビルのどこかで、若い社員が、精緻な社会的計算をもって、あと何分待てば立ち上がれるかを測っている。軽く一礼し、あの古い謝罪の言葉を口にするために。——家に帰るという、許されざる行為への赦しを請うために。