会社の見えない背骨
日本の会社で「花形」と呼ばれる部署は決まっている。営業部、企画部、開発部。プレスリリースに名前が載り、社内表彰で拍手を浴びる人たちがいる場所だ。
そして、総務部がある。
「総」は「すべて」、「務」は「つとめ」。すべてのつとめを担う部署。英語では "General Affairs" と訳されるが、その響きにはファイリング・キャビネットほどの華やかさもない。だが実態は違う。総務部こそが日本企業という有機体の最も不可欠な臓器であり、そして最も体系的に無視されている存在なのだ。
「誰もやらない全部」を引き受ける部署
総務部の仕事を端的に説明する方法はない。なぜなら、その職務範囲は「否定」によって定義されるからだ。営業に属さず、経理に属さず、人事に属さず、法務に属さない仕事——それがすべて総務に流れてくる。中小企業では、総務部が人事も法務もIT支援も兼ね、さらに休憩室の蛍光灯を交換する役割まで担っている。
- 事務用品の発注と取引先管理
- 社員の年次健康診断の手配
- 社員の親族が亡くなった際の弔花・香典の手配
- 防災備蓄品の更新と管理
- 会議室の予約、来客対応、入館証の発行
- 近隣事業者からの苦情対応(社員の路上喫煙等)
- 労働保険・社会保険関連の行政届出
- 忘年会・新年会・花見の企画と運営
- コピー機のリース契約交渉
もう一度、このリストを読み返してほしい。人間の人生で最も親密な瞬間——死、病、祝い——と、組織運営で最も些末なロジスティクス——紙、トナー、リース条件——が同居している。この全領域が総務部のテリトリーだ。すべてが。同時に。
儀式の守り手
総務部の仕事で最も過小評価されている側面は、「儀礼の番人」としての役割だろう。
4月には入社式を仕切る。会場手配、名札印刷、式辞の準備、緊張した新卒たちが社章を受け取る順番の決定。その裏側では、一人の学生を給与所得者に変換するための膨大な事務処理——税務登録、年金加入、通勤手当、社宅手配——が並行して進む。
誰かが退職するとき、それも総務が受け持つ。送別会、記念品(カタログから苦慮の末に選ばれる)、年金移行の書類。そして時には、本人は辞めたくないのに肩叩きを受けた人の、静かな後始末も。
誰かが亡くなったとき——現役社員であれOBであれ——会社としての対応を組み立てるのは総務部だ。香典の金額、供花の手配、参列者の選定、社内通知。大手の伝統的な企業には、総務部が管理する印刷されたガイドラインがあり、故人と社員の関係性および社員の職位に応じた香典の正確な金額が記されている。これは冷淡さではない。危機の最中に封筒のサイズを悩みたい人はいない、という理解に基づいた「悲しみのインフラ」なのだ。
防災という孤独な任務
日本は自然災害が異常事態ではなく反復する事実である国だ。そしてすべての企業において、地面が揺れたとき社員の命を守る準備をしているのは総務部である。
防災備蓄の管理。ペットボトルの水、非常食、毛布、簡易トイレ、ヘルメット。すべてに賞味期限がある。すべての期限を追跡しなければならない。毎年、備蓄の一部を入れ替える——古い水は社員に配布し(あるいは総務部員が密かに飲み)、古い非常食を新品に置き換える。
年に一度の避難訓練の運営も総務の仕事だ。全社員が経験し、大半が内心「時間の無駄だ」と思っているあの訓練。皮肉なのは、総務部員だけがそれを真剣に扱わなければならない立場にあるということだ。クリップボードを手に、人数を数え、階段を降りる時間を計測し、他の全員がそれを冗談だと思っている最中に。
2011年の東日本大震災の後、多くの企業が自社の防災計画の脆弱さに気づいた。それを書き直したのは、全国の総務部だった。電車が止まった社員のための徒歩帰宅ルートを地図に落とし、安否確認システムを導入し、非常食の供給業者と契約を結んだ。そのどれもニュースにはならなかった。そのすべてが命を救った。
感情のインフラストラクチャー
日本の企業文化には縁の下の力持ちという言葉がある。誰にも見えない場所からすべてを支える人。総務部が受け取りうる最高の賛辞であり、そしてほぼ例外なく、すでにそこでキャリアを費やし終えた人の送別会でのみ贈られる言葉だ。
なぜなら、日本の企業文化があまり直視したがらない真実がここにあるからだ。総務の仕事は「低い」と見なされている。キャリアが停滞した人が異動させられる部署。役員への階段にはめったにつながらない。日本のサラリーマン・ヒエラルキーにおいて、営業と企画は昇進への特急列車だ。総務は各駅停車。すべての駅に停まり、最後に着く。
それでも。営業チームが接待に出かけ、エンジニアが居酒屋に消えた午後6時半のオフィスを歩いてみるといい。総務部のフロアにはまだ明かりが灯っている。誰かが光熱費の照合をしている。誰かが来月の株主総会の座席表を作っている。誰かが、外交官でも涙を流すような三重の敬語を駆使して、エレベーター故障についてビル管理会社への丁重なメールを書いている。
パンデミック——誰も見なかった最前線
COVID-19は、平時のどの四半期もなし得なかった方法で総務部の真の重みを明らかにした。一夜にして総務部は危機対策本部になった。マスクの調達は? 総務。ソーシャルディスタンスのためのオフィスレイアウト変更は? 総務。これまで存在しなかった在宅勤務規定の策定は? 総務。空きフロアの賃料減額交渉は? 総務。PCR検査のスケジュール管理、ワクチン休暇制度、入口の検温記録、ローテーション出社名簿の作成は? 総務。全部、総務。いつも、総務だ。
多くの総務部員はリモートワークができなかった。彼らの仕事が「オフィスそのもの」だったから。荷物を受け取り、観葉植物に水をやり、最小限の人員で現場を回す——他の社員が在宅勤務を不便なバカンスとして経験している間に。日本経営協会の2021年の調査によれば、パンデミック中に業務量が増加したと回答した総務部員は70%を超え、全部門で最も高い数値だった。公式に労いを受けた割合は30%に満たなかった。
「総務あるある」——小さな怒りの文学
日本のインターネットには、ブログ記事や匿名掲示板のスレッド、時折バズるツイートという形で、総務あるあると呼べるマイナージャンルが存在する。そのトーンはいつも同じだ。自嘲的で、控えめに、しかし確実に怒っている。
「エアコンが壊れると全員が総務に文句を言う。エアコンが動いているとき、誰も総務に感謝しない。」
「社長が『前のお茶と味が違う』と言ったので、特定銘柄の緑茶を3時間かけて探した。」
「部長に資料200部の印刷・製本・宅配を頼まれた。その後、会議はキャンセルになった。」
小さな不条理だ。だが、積み重なる。そしてそれらは、日本の職場における根本的な何かを照らし出す。システムを維持する労働は、システムを成長させる労働よりも、常に低く評価される。明かりを灯し続ける人は、常にその光の下にいる人の影に立っている。
静かなる練達
だが——これは外部の人間がめったに目にしない部分だが——優れた総務部のプロフェッショナルは、職人芸に近い静かな練達をもって仕事を担っている。建築基準法を知り、労働法を知り、保険の規定を知っている。夜11時にオフィスが浸水したとき、どの業者に電話すべきかを知っている。部長の従兄弟の三親等に対して適切な香典の金額を知り、不祝儀袋の正確な折り方を知っている。そして彼らは会社の「制度的記憶」を頭の中に持っている——戦略でもなく、売上目標でもなく、人間の建築図面。誰がどこに座っているか。誰と誰を同じ部屋に入れてはいけないか。誰が腰のために人間工学チェアを必要としているか。誰が密かに妊娠していてまだ誰にも言っていないか。
華やかな知識ではない。だが、この種の知識がなければ、組織は人間的であることをやめ、単なる機械になる。
総務部は、会社が人間でできていることを覚えている部署だ。そしてその悲劇——きわめて日本的な悲劇——は、そのことを最も明確に覚えている人たちが、最も頻繁に忘れられる存在であるということだ。
- 総務部(そうむぶ) — 会社の包括的な管理部門。他部署に属さない全業務を担う
- 縁の下の力持ち(えんのしたのちからもち) — 見えない場所から全てを支える人への賛辞
- 防災備蓄(ぼうさいびちく) — 災害に備えた備蓄品。管理は総務部の重要業務
- 安否確認(あんぴかくにん) — 災害発生後の社員の安全確認システム
- 総務あるある(そうむあるある) — 総務部ならではの「あるある」体験談。ネット上のマイナー文学ジャンル
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